友達(2)

大曽野が何をどう思ったのかはわからない。
過去の親友達があまりに懐かしすぎて新しい友達が出来ないとぼやいていた彼の、どうやら私は友達になったらしかった。
今まではあまり顔を出さなかった生徒会室に、大曽野はやってくるようになった。
私は嬉しかった。
大勢の同級生の中で私だけが認められたような気持ちもあったし、生徒会の活動を活性化できたという思いもあった。
しかし本当はただ、馬鹿話だろうが真面目な話だろうが気兼ねなく語り合える相手が出来たことが、純粋に嬉しかった。
気が合う、というのとはまた少し違った。私の意見は必ずといっていいほど否定されたからだ。
「いや、それはちょっと違うな」
というのが、大曽野の自論が始まる前の決まり文句だった。
その後に続く彼の意見は、必ずしも全て賛同できるものとは言えなかったが、少なくとも彼なりの視点で十分に考えられ、練りこまれた意見だった。
考え無しに思いついたことをポンポン言う口だけ番長な私の意見では、とても太刀打ちできないくらいの合理性があった。
私はたいていの場合、彼の意見に打ち負かされて、それでも自分の権威だけは取り繕おうと必死になって、
「うん、それも一理ある」
などともっともらしくうなずいていたりしたものだ。
彼はそんな薄っぺらな私に気づいていただろうか。気づかないはずはなかったと思うが、それでも彼は私の友達でいてくれた。
「理解してくれる人が少ないんだ」
後年、彼はそう言っていたそうだ。
その点では、私は確かに彼の理解者ではあった。独創的な意見を面白いとも思っていたし、行動力に敬意を抱いてもいた。
自分なりの視点で物事を捉え、世の中の多くの意見とは異なる答えを見つけるやり方、失敗を恐れないでとにかく行動してみて、身をもって学ぶ態度、どちらも大曽野との付き合いの中で私が学んだことである。
私からすれば、彼には多くの見習うべき点があり、自分を成長させてくれる最高の友達だったが、彼は一体何を思っていたのだろうか。
ただ私が理解者だったから、いろいろな話をしてくれたのだろうか。


大曽野は幼い頃に父親を亡くした。
物心つく前のことで、父親の記憶はほとんど無かったそうだ。
葬儀の日、大勢の人が集まった中で、
「今日はお父さんの誕生日だ!」
はしゃいで見せて、参列者の涙を誘ったのだと、笑いながら話していた。
母親一人では育てていけない状況だったのか、彼はその後里子に出された。
里子先が伊賀の里だったそうで、苗字が一時期ズバリ伊賀だった頃もあったらしい。
それが縁で忍者が好きで、先日の剣道大会の自己流の構えも、忍者の剣法に基づくものなのだそうだ。
伊賀の里から親戚の家を経て、最終的には再婚した母親の元へと引き取られた。
その時までに苗字は4回も変わったとかで、引越しもしばしばだった。
仲の良い友達が忘れられなかったのにはそういう事情もあるのだろう。転校が多くてはなかなか友情は深められない。
「親父のことは大曽野さんって呼んでるんだ。人前では親父って言うんだけどさ」
複雑そうな家庭の事情がちらほらと聞こえてきて、彼がいつも納得のいかない表情をしているのは、そういう理由なのだろうかと思ったこともあった。
のちにわかったことではあるが、彼は決して家庭環境を苦にしてはいなかった。
もちろん、小さい頃からたびたび環境の変わる生活には、つらいこともあったろうとは思う。友達がなかなか作れなかったのもその一つだろう。
しかし、彼が表情を曇らせる理由は家庭の事情ではなく、彼の性格ゆえだった。
気になったことは納得の行くまでこだわるという、職人気質のためだったのである。
この気質は、頑固さを伴う。それは彼が誤解される原因でもあった。


陸上部出身の教育実習生が、体育の授業のためにやって来た。
面倒見が良く、熱心なスポーツマンタイプで、生徒の気を引くような面白い話も出来る、頼れるお兄さん的な実習生だった。
授業は面白かったし、性格的にも教師向きだと私は思ったが、そう話すと大曽野は、
「いや、それは違うな」
と例によって否定した。
よくよく話を聞いて見ると、大曽野は1年生の頃は陸上部に所属していたらしい。
しかし、どうも陸上部の活動に納得がいかなかった。何が悪いというわけでもないのだが、自分には合っていないと思っていたようだ。
そこで辞めることを考えていたのだが、そこへやってきたのが先ほどの陸上部出身の教育実習生だ。
「お前は陸上部なんだから、きちんとしないと駄目だ!」
と叱咤されたらしい。
なるほど、熱血なあの実習生が言いそうな台詞ではある。
「陸上部だから、という理由が納得できなかったんだ」
というわけで、実際に実習生に質問したそうだ。陸上部じゃなくてもきちんとしなくちゃいけないんじゃないですか、と。
熱血実習生、それにキレてしまった
お互いに論点がすれ違い過ぎているのだが、お互いそれに気づいていない。
実習生にしてみれば、思い入れのある陸上部の後輩達には、他の生徒の模範となって欲しいのだろうが、大曽野にとっては思い入れなど無く、ましてや模範となろうなどという気持ちも無く、それを素直に口にしてみたら、
「なんて反抗的な奴だ!」
と頭ごなしに叱られて、それがまた納得いかず・・・・・・と悪循環にはまってしまったわけだ。
実習生の気持ちくらい察してやればいいのに、とは思ったが、大曽野が珍しく本気で嫌っていたので、何も言わずにおいた。