水色はMizの色に非ず

 
水色というのは、何故青いのだろう。
水色という言葉を素直に解釈すれば、水の色。では水は何色をしているのかと、蛇口をひねってみれば、出てくる水は無色透明だ。
水色が水の色ならば、無色透明であるべきなのではないのか。
それが何故、あの淡い青い色なのだろう。
 
そんな間の抜けた質問を投げかけてみれば、おおよそ返ってくる返事は、
「海の色は青いからだ」
「湖の色だ」
「川面に映った空の色だ」
そういった類だろう。
だから重ねて質問をする。
「では何故、海色ではないのか」
「湖色ではいけなかったのか」
「川色ではなく、水色と名づけたのは何故なのか」
常識ある人ならこの時点で形式的な笑みを浮かべて、
「さあ?何ででしょうね?」
関心のある様子を装いながら、内心で呆れることだろう。
こういうことに興味を持つのは、暇人か変人か言語学者くらいなものだ。
 
水色という言葉がある以上、その言葉が生まれた経緯は間違いなくあるわけで、そのルーツをたどるのは一種のマニアックな推理ゲームのようだ。
色としてはごく身近な色である。そのあたりで色鉛筆のセットを適当に買ってきても、必ず入っているような基本的な色だ。
時に空色と同一視されることもある。確かによく似ているが、もしも同じものだとしたら、何故空色という言葉一つで済ませなかったのか。わざわざ水色などという、不可解な言葉を生み出さなくても、空色ならば一目瞭然、青空の色だと解かるわけで、こんな意味不明な文章を書かなくても済んだというのに。
言葉は必要に応じて生まれるものだ。名づける必要がなければ誰も名づけはしない。水色を水色と名づける必要があったのはどんな人々か。
例えば自分の生活の中で、水色をいう言葉を使う必要のある場面を思い浮かべて見る。 水色、水色、水色。
どう考えてもそれほど多くはない。せいぜい水色のものを指し示すときに、
「その水色のヤツ」
とか何とか言う程度だ。仮に水色という言葉が存在しなかったとしても、
「その薄い青のヤツ」
で代用出来てしまう軽い使い方だ。
一体どんな状況において、空色でもなく薄い青でもない、水色という言葉が必要だと言うのだろう。
 
水色という言葉が生まれた時代はいつなのだろう。
ちょろりと調べてみると、平安時代にはすでに存在していた様子だ。なかなかに古い。江戸時代あたりに生じた言葉なら、意外と正確なルーツがわかるのだが、平安時代となると簡単にはいかない。
平安時代において、水色のものがどれだけあるだろう。
湖や川、海、空はもちろん平安時代にもあっただろうが、先に述べた疑問通り、湖色や川色ではいけなかった理由がわからない。
農業においては水は重用だったと思うが、水路を引いたにしても、井戸を掘ったにしても、水桶で運んだにしても、いわゆる水色は登場しない。
水色が登場しそうなのは絵画だろうか。絵巻物等で水色が使われただろうか。もちろん現在のような鮮やかな水色ではないが、遠景の山などは水色に近い色で描かれているものもあるようだ。
絵画ならば、色の名前にこだわる理由もうなずける。薄い青でも空色でもない、水色という色が欲しい、こだわりを持つ絵師ならばそのような欲求を持ってもおかしくはない。しかし残念ながら、平安時代の絵画で、水を描いているものを見つけていないため、水色が果たして水の色として使われているかどうかはわからない。
 
もう一つ、水色の登場するものがある。
染物である。
藍染は青く、染める際には水が必要である。
少しばかり調べてみただけでも、染物の薄い色こそ水色の語源だとする説がちらほら垣間見える。平安時代当時は藍染めの色のことを縹色と呼んでいたそうだが、縹色の濃淡に応じて、いくつか呼び名があり、薄いものを水縹色とも言ったという。
この水縹色が水色になったというのだが、それでもなお、何故水なのかがわからない。
藍染は確かに染料を溶かした水を使って布を染めるが、その水の色は水色ではない。
染め色の濃さは布を染める回数でコントロールするから、色の薄いもののことを水色と呼ぶ理由がない。
しかしながら、染物の色というのはどうも水色のルーツとして一番しっくり来るのである。このあたりはもう根拠や論理的推察ではなく、感覚的なものだ。
 
そこで藍染よりさらに古く、染物のルーツをたどってみた。
藍染の前身はツユクサによる染物である。
そもそも縹色というのは、もともとツユクサによる染物の色のことを意味していたらしい。このツユクサ染め、藍染ほど色が定着せず、水につけるとすぐに色あせてしまうという。
どうやらこのあたりが水色のルーツかもしれない。
 
ツユクサで染めた衣類の色のことを縹色といい、その薄いものを水縹色という。薄い、というのは、水によって色あせた状態ではないだろうか。
だから色あせた青い色を、水縹色と呼んだ。
海でも湖でも空でもなく、水によって色あせた青、それが水色なのではないだろうか。