生まれた場所
「お前はここで生まれたんだ」
そう言いながら兄が日本地図を指差す。海は青く、陸地は薄茶色と緑色で塗られている、カラー印刷の日本全図だ。
地図が貼ってある壁のすぐ隣は大きな窓になっていて、真っ白で暖かい光が部屋を明るくしている。窓の下半分は曇りガラスで、大きな数匹のカタツムリの模様がついている。上半分は透明なガラスで、青く高い空が見える。
私と兄が座っている床には毛足の短い黄緑色のカーペットがひかれていて、窓辺は太陽の匂いで心地よく、暖かかった。
「お前はここで生まれたんだぞ」
兄は繰り返しそう言いながら地図の一点を指す。
細長く右上に伸びた本州の端っこ。そこには黒く太い文字が4つ、間隔を空けて書かれている。
“あ お も り”
「お前ここで生まれたんだぞ」
私が生まれた場所。生まれた時のことは、覚えていない。
どうして兄は同じことを何回も何回も言っているんだろうと、私は考える。
すると兄は、
「お前はどこで生まれたの?」
そう尋ねてくる。
たった今教えたことを、何故尋ねるのかよくわからない。
よくわからないが、きっと兄は私に自分の生まれた場所を覚えて欲しいに違いない。
そう思った私は迷うことなく、地図の右上のほう、本州の北端を指差す。
すると兄はケタケタと楽しそうに笑う。何故笑うのかがまたよくわからない。私がきちんと生まれた場所を覚えたことが嬉しい・・・・・・というわけでもないらしい。
そしてまた、
「お前はどこで生まれたの?」
兄はそう尋ねてくる。私が地図を指差すと、兄はそのたびに笑うのだった。