続・ナマズと地震と要石

ナマズ伝承の発生時期

ナマズ地震の関連についてもう少し掘り下げてみる。

まず、ナマズ地震が結びついた時期について、鳥獣戯画がヒントにならないだろうかというアドバイスをいただいた。
鳥獣戯画鳥羽僧正覚猷の作と伝えられる古い絵巻で、成立は平安時代末期〜鎌倉時代初期。
年代に幅があるのは、実は作者が一人ではなく、様々な人の描いた戯画をまとめたものではないかという説があるためだ。
正式には鳥獣人物戯画と言い、その名が示す通り、動物を人間に見立てて人々の生活の様子などを描いたものである。
日本史上最古の漫画とも言われる。

この鳥獣戯画から何が言えるかというと、日本人の自然観というか、文化の根底にあるものを垣間見ることが出来る。
自然現象や生き物を人格化し、神や妖怪を作り上げる発想である。
ナマズ地震の現況とするのもこの発想に基づくものであろう。
従って、ナマズ鳥獣戯画の素材として不足はない。
実際、江戸時代の安政地震の際に流行した「鯰絵」の中には、コミカルにデフォルメされたナマズの姿を描いたものもある。

鳥獣戯画ナマズの描写はあるだろうか。
登場する動物を調べてみた。
わんこ、イノシシ、ウサギ、牛、馬、カエル、カメ、獅子、キジ、キツネ、麒麟、猿、シカ、ゾウ、タカ、トラ、ニワトリ、ネコ、ネズミ、バク、ハヤブサ、ワシ、ヒョウ、フクロウ、ヘビ、ヤギ、龍。
どうやらナマズの姿は無い。
ナマズと言えば地震を思い浮かべるほどに強烈な特性を持つナマズが、鳥獣戯画の題材として登場しないのはどういうことか。
考えられる原因の一つとして、鳥獣戯画が成立した時代にはナマズはまだ地震と結びついていなかったのではないかということが挙げられる。
つまり、鎌倉時代初期にはまだナマズ地震の神にはなっていなかったと考えられる。

一方、ナマズ地震の関連を示す最も古い史料は豊臣秀吉の手紙である。
いわずと知れた安土桃山時代の武将だ。
秀吉が築城の際に送ったという書簡の中に、
なまず大事」
という記述がある。
これは築城に際して地震対策を怠るなという文脈だったらしい。
このことから、ナマズ地震と結びついたのは鎌倉時代室町時代にかけてだと思われる。
それが一般的になっていくのは、先にも述べた通り江戸時代、安政地震で流行した鯰絵の頃である。

ナマズ以外の地震

ナマズの他にも地震の神がいるという指摘もいただいた。
「なゐの神」と言い、こちらは日本書紀に記述があるほど古い。
推古天皇7年4月27日(599年5月28日)の条に、
「地動(なゐふ)りて舎屋(やかず)悉(ことごとく)に破(こほ)たれぬ。則ち四方(よも)に令(のりごと)して、地震(なゐ)の神を祭(いの)らしむ」
とあるそうだ。
「なゐ」は古語で「地震」を意味する。
日本書紀の記述の意味は、
「地面が動いて家屋などがことごとく壊れたので、たちまち各地に命じて地震(ない)の神を祀らせた」
ということになる。
この神様はスサノオやアマテラスと云う様な、いわゆる天皇家のルーツに登場する神ではなく、海の神、山の神、はたまた雷神・風神のような自然現象を神格化したものらしい。
三重県名張市式内社の名居神社(ないじんじゃ)があり、これが伊賀国における「なゐの神」を祀る神社であったとする説があるとのこと。
この神社の現在の祭神は、大巳貴命・少彦名命天児屋根命・市杵嶋姫命・事代主命蛭子命
ヘビとヒル(異説もアリ)が祀られているそうで、ヘビはよくあるものの、ヒルというのは珍しい気がする。
また、この神社の本殿背面には龍が居るらしい。

長虫

地震の話題の中で龍が出てくると要石に押さえつけられている長虫を連想するが、長虫は実際のところイコール龍というわけでもない。
現在一般的には長虫=ヘビだし、ミミズや芋虫なんかも長虫と言う。
それから例は少ないながらもウナギも長虫の一種として捉えることがある。

ヘビ、ミミズ、イモムシ、ウナギ、と並べていくと、ヌメッとしていてノタノタする生き物という共通項が見えてくる。
この特徴はナマズにも当てはまる。

地震の予知をする動物という点では、犬やネズミなども話に聞くが、元々地震の元凶とされてきた長虫の姿からは程遠い。
ナマズ地震を予知する性質を持つ上に、長虫の特徴をも併せ持っている。
龍が犬やネズミに変遷するより、ナマズへと変遷するほうがより近いと言えるだろう。

長虫を基準として相対的に考えると、龍がナマズへと変わっていったことはそれほど不自然とは思えなくなってきた。

ナマズの生息域

最後に、ナマズの生息域からの観点を蛇足的に書いておく。

現在ナマズは日本全土に生息しているが、関東・東北に生息するようになったのは江戸時代以降、という説もある。
これについては異説もあるため鵜呑みにはできないが、仮に関東・東北でナマズがあまり一般的ではなく、珍しい魚であったとするなら、特殊な生き物として認識されていた可能性はあるだろう。

例えば江戸時代の文献には、洪水のあとにナマズが出た、という記述があり、この記述を見る限りは、まるで洪水が起きたこととナマズとが関連しているかのようにも取れる。
普段はあまり見かけない生き物が災害の後に姿を現せば、
「こいつが何か関係しているんじゃないのか」
という八つ当たり的な迷信が生じてもおかしくない。
最初に述べた通り、日本には生き物を擬人化・神格化する文化が根底にあるためである。

以上のようなことから考えると、ナマズ伝承の生じた具体的なポイントはわからないものの、生じた経緯は不自然ではないように思う。
地震の際に活発になるナマズの性質、比較的珍しい存在であったという仮定、長虫系の怪異な風貌など、様々な要因が絡んで自然発生的に地震神としての性格付けが成されていったというところだろうか。
“いつとはなしにいつの間にやら”に生まれた伝承だから起源が捉えにくいということで、ひとまず納得しておく。